家賃を滞納
金曜日, 3月 8, 2013 | 1:59 pm学生時代は上京して一人暮らしをしていたのですが、高校生の時代に遊んでいなかった反動と、親から解放された開放感が爆発して、友人たちと滅茶苦茶遊んでいました。
もちろん、遊ぶにはお金がかかりますので、アルバイトをしてはいましたが足りずに家賃をしばらく滞納する羽目に…。
そんな時に、ピンポーンって大家さんがやってきたのです。
すると、今月中に1か月分でも入金できない場合は出て行ってもらうとのこと。訴えるやなんやら学生の僕にはなんか怖いことをいっぱい言われました。
大家さんが帰った後にカレンダーを見てみると、今月中といってもあと2日しかない…。これはまずいなと思ったのですが、親に言うわけにはいきません。滞納しているなんてこと知らないですから。
ちゃんと仕送りの中から支払っていると思っているはずなので。
なので、すぐ借りることのできるキャッシング会社から急いで借りたのでした。参考→すぐ借りる
キャッシングは一生利用しないでおこうと思っていたのですが、結局この時ばかりはどうしようもなく利用することに。実際はキャッシングというものがあって本当に助かったんですけどね。
キャッシング会社に感謝してもしきれませんでした。
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学費が高い
火曜日, 1月 8, 2013 | 9:36 am私はアメリカの大学に行きましたので、学費を払うのが大変でした。
と言うのも、当時は円安で、今のレートの約2倍でしたので、1学期の学費だけでも、今のドルの2倍分を払っていたということになります。
1学期分の学費が6000ドルちょっとでしたので、それはそれは、大金でした。 それで、単位を落としたりすると学費が台無しになるので、一生懸命勉強して、早く卒業しようと思いました。 学費は学期ごとに値上がりしていて、最初の頃はまだ5000ドル以下だったのが、4年生になる頃には、6000ドルを超えていました。
このまま大学に通っていたら、卒業できなくなると思って、できるだけ、一学期で取れるだけの単位の授業をとって、勉強に忙しい毎日を送りました。 今みたいに円高だったら、もう少しは楽だったと思いますが、今の2倍の為替レートでしたので、それはもの凄く高い授業料でした。
大学は1学期の学費は均一で、何単位とってもいいシステムになっていましたので、できるだけ多くの単位をとったほうが安上がりになるわけです。それで、12単位以上だったら、どれだけとってもいいということでしたので、出来るだけ多くの単位をとり、学期末は頭が変になりそうなくらい勉強しました。
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前期学費を稼いだこと
月曜日, 1月 7, 2013 | 12:32 pm大学4年の春休み、両親と喧嘩をして家を出たことで、友だちのアパートに居候することができたのですが、住むところは確保できたのですが、4月早々には前期授業料の支払いがまっていて、両親に頼むわけにもいかず、その時はどうしようかと困りました。
とりあえず春休み中だったので、すぐにお気に入りのブランドのお店に行って、バイトに応募し、春休み中はブティックの店員さんをしながら、休みの日には、いままでずっとやっていた家庭教師の仕事をこなし、ずっと働き続けました。
ご飯代は、その頃付き合っていた彼氏にめぐんでもらい、友にめぐんでもらい、どうにかこうにか衣食住は確保できたのですが、ブティックのバイト先が、自分のお店の服を買うように、かなりプレッシャーをかけられ、学費を貯めなくてはならなかった私としては、とても肩身の狭い思いをしたのですが、バイト代で服を買ってしまっては数万円が飛んでしまうし、欲しいのものやまやまでしたが、どうにか、事情を話して許してもらえました。
それにしても、それまでバイトと言えば、家庭教師しかしたことがなく、家庭教師は「先生、先生、ありがとうございます」と言われ、ケーキやご飯をいただきながら教えればよかったのですが、ブティックはお客様が神様だし、上司や先輩や、口の利き方にも上下関係があって、それは本当に驚きました。まぁ、良い社会勉強をさせていただいたと思い、こういう世界もあるのかと、世の中の厳しさを痛感した出来事でした。
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見知らぬ土地で・・・
日曜日, 1月 6, 2013 | 12:20 pm私は高校を卒業してから県外の専門学校に通いました。 高校までは田舎で伸び伸び育ってきたので専門学校は都会に通う!と決めていました。
田舎では街頭アンケートをしたことがなかったので専門学生時代都会で街頭アンケートをお願いしますと声をかけられた時は特別感がしました。
そのアンケートはエステのアンケートで答えた方に抽選でエステ無料券があたるといったものでした。 抽選はよく外れるけどまぁいいか!という軽いノリで住所や名前を記入してきました。
暫くして、見知らぬ番号から電話がかかってきて抽選が当たったと言われました。 無料だから行ってみようと思いエステを体験しました。 メイクを落とし顔の皮膚年齢やこれから出てくるシミをカメラで確認しました。
体験自体はとても気持ちよく満足のいくものだったのですがその後のカウンセリングで80万円の契約を勧められました。
私は学生でお金がないと伝えたのですが 「これからバイトすればいいじゃん!皆契約してるよ?これからあのシミがでてくるんだよ?それでもいいの!?ココに通えばキレイを手に入れる事ができるんだよ!?特別に40万円にしてもいいよ!ん~・・・じゃー30万!」 と強引に勧誘されて断り続けたのですが3時間くらい経ちました。
もう疲れ果てた私は20万のコースで契約をしてしまいました。 スッピンで3時間も拘束され「YES」と答えるまで家に帰してくれないエステ・・・ あっという間に20万円の借金・・・最悪でした。この学生ローンを返済していく辛い道のりが学生時代に続きました。
騙されてNOと言えない自分が嫌でしたね。 20万分、しっかりエステしてもらいましたけどね!!
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苦学生でありお金に困りました
土曜日, 1月 5, 2013 | 2:36 pm私は働きながらや夜間大学に通いました。それで体力的には自信がありその点は、何とかいけましたが問題は学費のやりくりがが厳しく大変困った事でした。
専攻は工学部だったために実験等による、急な学費のバラツキがでてきたものでして困りました。 可能な限り分割にして頂き、無理な時は友人に頼んだ事がありました、実家はそれどころでなくて、とても依頼は出来ない状況でした。
大きく不足する時は恥ずかしながら、3回程度消費者金融へ足を運んだ事ありました。 学生でもお金を借りることができるところもありましたので。
その当時は気後れしながら行きましたが、店員は明るい声でその金額でいいのですか、もっと借りてください、と言われてフッと気が安らいだのを憶えいます。
今ならば銀行も金融会社も、争って融資しょうとの時代ですが、当時はそうでない時代でした。 余計な事ですが現代は、不足すると思うといとも簡単に借金をやり過ぎると思います。
借りた者は返さなくてはならないので、もっと慎重にすべきではないか、そう思います。 今から思えば奨学金制度はどうだったのか、二部の学生は無理だったのか、或は卒業は30%程度のため規制があったかも知れません。
まあ、当時は経済は相当な馬力で走っているいい時でして、仲間も何かと苦しいようでしたが、 若者は皆強烈な夢があり多くを語り合いました。
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1ミリの露出も恥ずかしかった学生時代
金曜日, 1月 4, 2013 | 12:23 pmこんにちは。私は「肌」のことで、学生時代とても悩んでいましたので、それについて書こうと思います。 小学生高学年あたりから、私は自分のアトピー性皮膚炎の肌のことが気になり始めました。他の子たちと違って、真っ赤になったり、粉をふいたり、一年中痒かったり。それらみんなとの違いが、辛く、また肌を見せることがとても恥ずかしかったのです。 たとえば、夏はみんな、当たり前のように半そで、半ズボンになりますよね。(小学生なら冬でも半ズボンの男の子、けっこういますよね)私にとっては、肌をわざわざ見せるなんてありえない行為でした。多少暑かろうが、逆に自分だけ長袖で目立とうが、とにかく少しでも肌は見せたくなかったのです。 さらに夏といえば、水泳の授業は地獄のようでした。泳ぐこと自体は、実は当時の私は地方の大会に出られるほど速く、大好きだったのですが、体育でも最も嫌いな種目でもありました。
泳ぎたいのに、着替えたくない。見せたくない。小学生ですと、うまい休める理由や言い訳も見つからず、多少のいじめやからかいをうけながら、プールに入ったのは覚えています。
今では母親や当時の先生方に、諸々のことでとにかく感謝をしておりますが、当時は恨めしい気持ちでいっぱいでした。 中学生、高校生のころもそのような恥ずかしさや痒さは続きました。さすがにこのころになると、プールを休む言い訳や、朝からだが痛くて起き上がれず遅刻する言い訳もうまくなり(笑)多少生活は過ごしやすくはなりました。
症状の重さ自体は、高校生から大学生前半頃までがピークでした。ですが、辛いときは思い切って休んだり、アルバイトで稼いだお金で好きな化粧品をたくさん買えるという物質・環境の変化や、そういった割り切っている精神的な余裕も、徐々にでてきていました。
ですので、辛いけれども、なんとかやっていける学生時代だったでしょうか。 大学生になって、初めて好きな人ができて、人並の恋愛もしました。それまでは、一年中長袖、プールや海、温泉などの類には一度も参加したことないし、人の家に泊まりに行ったこともありません。(同性異性関係ありません。肌を見せる可能性があるところには、一度も行けませんでした)今思い返すと、もったいないことしたなぁ、と思います。
肌のことを言い訳にして、色々なことを妥協したり、肌のせいにしていました。(あるいは、そんな体に生んだ両親を憎んだり・・)夏のイベントも、恋愛も、その他諸々、諦めてしまった思い出は、今もちょっぴり悔しいところではあります。 現在は大学も卒業し、そのような後悔は絶対にしない!!との決心のもと、今まで恥ずかしかったことも、できなかった服装も、自分の意思で選んで楽しくやっています。症状は少しずつよくなっていて、今では病院もひとんど行っておりません。
学生時代、もっと単純に考えていればよかったのになぁ・・なんて思うこともありますが、今とこれからを一番楽しくすることを考えて生活しております。 困ったことのエピソードに沿えていたでしょうか。とにかく、ここまで読んでくださってありがとうございました!!
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学生時代に困ったこと
木曜日, 1月 3, 2013 | 6:56 am私は学生時代は全然よい子ではなかったので、困った事はそれはもうたくさんあるのですが、一番困ったと感じる事が多かったのは提出物です。
私は学校の事は家ではほとんどやらないたちだったので、宿題なんかも勿論全くやらず、ほぼ毎日といっていいほど宿題の提出で困っていました。
特に平常時なんかはまだよいのですが、夏休みなんかの長期休業の宿題になると量も膨大だし、時間がなかったなんて言い訳もできないしでとても困ったことを覚えています。
夏休みの宿題は、最初余裕をぶっこいて全く手をつけず、その後後半になるにつれて全く追いつかず焦って来るというよくあるらしいパターンを、私も懲りずに毎年続けていました。
この癖は小学校から始まり、中学、高校でも全く改善されなかったのを覚えています。また宿題以外に、親のハンコが必要だったりする書類系の提出物もなかなか出せずに困っていた記憶があります。
私はこれは親に出すのも忘れてしまうので、その結果学校でも出せなくなってしまうというものでした。
高校生になると、どうしても出さなければいけない書類が小中の時より圧倒的に多くなるので、親に渡さずすべて自分で処理して出す事も多くなってしまいました。今ではこれらすべてが良い思い出です。
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数学と家庭環境
日曜日, 12月 30, 2012 | 8:18 pm学生時代に困ったことは主に3つあります。 一つは勉強面で、どうしても数学が苦手だったこと。 数学の先生は大好きだったので補習も意欲を持って参加していたのですが身に付かず、苦戦していました。
自分で参考書を買ったり、数学が得意な友達に教えてもらったりして少しはマシになったものの、結局最後まで苦手意識を持っていました。 もう一つは家庭環境。父がアルコール依存症だったため、家に帰ると毎日機嫌が急に変わっていたりして、対応が大変でした。
友達と約束していても、父の機嫌によっては外出を許されなかったり、急に怒り出して部屋の電気の配線を切られてしまい勉強できないこともありました。
この問題については友達も学校も私自身も解決できる問題ではなく、そのために毎日家に帰るのが嫌でたまりませんでした。 こういった制限と、それでもバイトだけでは自分一人では生活できないという不自由さが一番学生時代に困った事でした。
3つ目は、先に述べたことに関連して、父が働いていなかったので大学の学費が無かったこと。 これは自分で奨学金を調べ上げ、バイトをして貯めたお金を元に進学しました。
入学してからも生活費には困り、消費者金融で学生ローンの利用をする事も何回かありましたね。
数学が苦手でも社会に出て困らないし、父の問題も独り立ちすれば影響がないのですが、学生の時には大きな問題となっていたように思います。
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乗り継ぎが大変な東京の交通網
土曜日, 12月 29, 2012 | 10:31 am大学は東京の大学に通ったので、いろいろなことで困った事がありましたが、その中でも電車の乗り方について、特に困っていたと思います。 私の地元は、東京に比べるとそれほど大きな街ではなく、電車の乗り継ぎがあったとしても一回ほどですので、それほど困ることなく切符を買うことができます。しかし東京では、どこかへ行こうとすると、距離があるため乗り換えが複数回必要となってきます。
ただでさえ券売機が複雑なため困ることが多いのですが、複数回も乗り換えとなると、どう切符を買っていいものかわからないことが多かったような気がします。 一度、アルバイトの面接があったため、自分なりに切符を買って乗り継いで目的地へ着く事ができたのですが、最後の改札口は通ることができませんでした。
やむなく横の有人改札口から降りることになったのですが、駅員さんから「次はきちんと切符を買ってください」と言われ、落ち込んだままアルバイトの面接を受けに行ったことを覚えております。 あれから十数年が経ち、今は東京には住んでいないのですが、一年に一回ほど東京に行くことがあります。その時は、便利なICカードができたので、それを活用させていただいております。
まだ、利用できる電車が限られているようですが、それでも当時よりはずっと便利になり、安心して乗り降りできるようになりました。これからも、東京の複雑な交通網を、ICカードでなんとか乗り継いで行こうと思っております。
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趣味でお金の工面に困った学生時代
金曜日, 12月 28, 2012 | 4:20 pm学生時代に趣味にしていた楽器の演奏。 楽器を手にすると湧いてくる一度でもステージに立ちたいと夢、実現はできましたが、それまでに伴う出費に大きく悩まされました。
初めに悩まされたのが初期費用に掛かるお金です。1万円である程度揃うと思っていたのですが、最低でも3万円という金額がないと続けられないという事で、購入を決め触るまで3か月ほどかかりました。
また楽器を買って終わりではなく、月々にかかる消耗品の購入や楽譜の購入費用も大きな負担でした。 ステージに立つという事が決まると、利用料金の支払いやそれにかかる練習スタジオのお金も大きな負担になりました。
大学生の時に始めましたが、学校が終わり放課後すぐにアルバイトに出かけ、終わった後に楽器を触るという生活の中で毎日触れても1時間が限度でした。
アルバイトという経験は大きなものでしたが、趣味あてられる時間も少ないわりに、アルバイト代を趣味かける費用がとても負担でした。
正直どうしようも出来ず、借金をするという事も何回かありました。※参考サイト:消費者金融学生
出費もかさみ特に交際周りで大きく出費をしていました。そのうちアルバイトが1か月の中で相当占めるようになっていました。
学生時代を通じて楽器を通して得られたものは、趣味を通じて得られた友人や仕事は今でもいいものだと思っていますが、学生の時はお金の工面で相当悩まされました。
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